ソシアブル班 研究プロジェクト成果報告 要旨
- takeyamalab2023
- 2023年10月5日
- 読了時間: 6分
2016年度に研究された4つのプロジェクトのうちの1つである、ソシアブル班の研究成果をご報告致します。

2016年度 武山政直研究会 ソシアブル班
ビジネス拠点の文化的環境づくりのための社交的サービスデザイン — サクリファイシング・プロトタイプを用いたインサイト抽出 —
飯島えとな 五島優治 坂井勇磨 松本由 赤座綾子 佐野拓海
1 概要 本研究は、慶應義塾大学経済学部武山政直研究会が品川産業支援交流施設やTOKYO PRODUCERS HOUSEなどのワーキングスペースを通じて、ビジネス拠点における文化的環境作りを模索することが目的である。また、研究手法においては、サクリファイシング・プロトタイプという新しい手法を用いてインサイト抽出を行なった。
2 背景と目的 近年、働き方の多様化により従来とは異なる形態の職場としてコワーキングスペースの需要も拡大傾向にある。しかし、こうした施設は既存の職場の代替としての色が強く、施設内の設備の拡充などのハード面での環境整備が先行しがちであり、日常的に新しいイノベーションを誘発する風土の定着などのソフト面での環境作りには注力出来ていない現状がある。 そこで、慶應義塾大学経済学部武山政直研究会では、一般財団法人品川ビジネスクラブの運営する品川産業支援交流施設SHIP(以下、SHIP)を通じて、実際のビジネス拠点で様々なトライアル的施策を行ない利用者のニーズを把握することで、新たなイノベーションのきっかけを誘発する施策を提案する。調査の過程で、利用者同士が他の利用者の存在を意識し、刺激し合うビジネス的コミュニケーションの促進が重要だと判明し、施設内のコミュニティ形成に焦点を当て研究を行なった。本研究のインサイト抽出で用いた手順をサクリファイシング・プロトタイプと呼び、同時に手法としても形式化する。
3 方法 本研究では、以下の7つの過程に沿って研究を行った。 対象分野に関するデスクリサーチ 行動観察とエスノグラフィー 利用者と運営者へのインタビュー トライアル的施策の実施 アウトカムの再設定 サクリファイシング・プロトタイプ サービス設計
3.1 対象分野に関するデスクリサーチ ビジネス的コミュニケーションやイノベーションを誘発するようなソフト面での環境づくり、SHIPの立地する品川区大崎の特性についてインターネットや文献を中心に事例調査を行った。
3.2 行動観察とエスノグラフィー 対象となるコワーキングスペース利用者が、どのように施設を利用しているかを把握するために、行動観察とエスノグラフィーを行なった。実施するにあたり、より自然な状態での利用行動を観察するべく、告知はポスターにとどめ、利用者と同じように施設を利用しながら調査を行なった。仕事の合間の休み時間の過ごし方に関して個人差が大きいことが分かり、この点にフォーカスして調査を重ねた。
3.3 利用者と運営者へのインタビュー より詳細な調査を行うために、SHIP利用者や運営者の方々へインタビュー調査を実施した。利用者へは主に施設の利用動機や仕事中の施設利用の様子、休み時間中の息抜きの方法などについて。運営者へは目指す施設の理想状態に関して聞き込みを行なった。
3.4 トライアル的施策の実施 インタビューやアンケート調査の結果から、利用者は施設内のコミュニティ形成に価値を感じるという仮説が立てられた。また、行動観察やエスノグラフィーの結果から、コミュニティ形成のきっかけとなるコミュニケーションの促進には、仕事の合間のブレイクタイムを利用することが有用だと考えられた。同仮説の具体性を高めるために、対象者へ仮説の具体的イメージの一部を体験させるトライアル的施策を実施し、その後にヒアリングを行なった。 具体的には、トライアル的施策としてランチタイムに利用者同士の会話を誘発する仕掛けを考案・実施した。軽食を食べる場所や時間を共有することで、そこに利用者同士での会話が生まれるのかを検討し、仕掛けとなる軽食の設置によって、利用者の施設利用の際の動線がどのように変化するのかを観察した。また、利用者がランチタイムを完全なプライベートな時間と考えているのか、それとも仕事に直接関係しないカジュアルな交流を求める時間と考えているかを探るべく、三角POPを長テーブルに設置し、利用者が会話可能かを他の利用者に視覚的に訴えかける施策を実施した。
3.5 アウトカムの再設定 研究開始当初は、アウトカムとして「利用者間のプライベートも含めた活発な会話の促進」を設定していた。しかし、前項目の調査結果から利用者はコワーキングスペースをあくまでも仕事場として捉えていることが判明した。自宅などでも仕事場としてのハード面での設備は整うにも関わらず、わざわざコワーキングスペースを利用するのは、仕事に対してのマインドセットを行なうためであり、空間を共有するとはいえ他の利用者に対してプライベートを含めた交流は求めていないことが分かった。また、もう1つの観点では他者の存在を感じて作業を行なうことで、適度な緊張感が醸成され、より集中して作業に取り組めるということである。こうした研究の経過を踏まえ、新たに「他者からインスピレーション、刺激を得ることができる間接的なコミュニケーションの促進」というアウトカムを設定した。
3.6 サクリファイシング・プロトタイプ この手法は、インタビューなどの通常の方法ではインサイトの抽出が困難な場合に利用する。現状、既にSHIPではハード的な側面での設備が整い、施設のよりよい状態を利用者から直接探り出すのは困難な状況であった。そのため、施設内に設置物を実際に用意し、設定したアウトカムが達成された状態をユーザーに体験してもらうことで、設置物に対する反応からより深いインサイトを抽出するものである。
3.7 サービス設計 前述のサクリファイシング・プロトタイプの実施結果を踏まえて抽出されたインサイトを元に、よりよいビジネス的コミュニケーションを促進する施策を設計する。施策の実施場所をSHIPと想定し、調査や研究の過程で得られた情報を元にして詳細な施策を検討していく。
4 成果 本研究で得られた成果は、エスノグラフィーとサクリファイシング・プロトタイプの2つの手法の有効性を検証したことである。エスノグラフィーを用いてユーザーの行動を観察することで、研究当初に設定していたアウトカムとユーザー起点のアウトカムとの間での差異を認識することができた。インタビューの際には行動観察から得られた気付きに焦点を当てることで、より深い欲求を把握することが出来た。 2点目のサクリファイシング・プロトタイプは、仮説したアウトカムの有用性を確認できる反面、ユーザビリティと仕掛けの意図を擦り合せる際に問題点があげられる。中でもインタビューを用いた調査の方法には、手続きとして曖昧さが課題である。この手法を汎用的に利用していくためには、プロセスや手続きの明確化が必要であり、次年度以降の研究において重点的に検証を行う必要がある。
5 参考文献 松村 真宏(著), 東洋経済新報社(2016), 「仕掛学」
